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集中講義・課題提示レポート(200412)

日本の教育制度はどのように変革されるべきか」

九州大学21世紀プログラム一年次在籍

小俵 京子

 

 

今回の橋本先生の集中講義を受けて、私は主に先生の述べられていた大学改革論について詳しく考察したい。今回私が立てた問いは「日本の教育制度はどのように変革されるべきか」ということである。但しここで言う教育制度とは、大学教育だけではなく、義務教育である小中学校、及び高等学校での教育制度をも含む。このことを考えていく中で、先生の大学改革論に反論し、また私自身が九州大学21世紀プログラムという日本でも特殊な教育システムを利用している立場から、教育を受ける側にとっての教育制度とは何か、についても考えたい。

 まず、私は教育制度には三点の大きな役割があると考える。一点目が「知識・学力の向上を図ること」、二点目が「人間として身に付けておくべき道徳観・倫理観を学ぶこと」、三点目が「社会で生きていくための処世術を獲得すること」である。日本の教育制度では、主に一点目の「知識・学力の向上」に重点がおかれている。

 では、現在の教育制度は円滑、かつ効果的に実施されているのであろうか。三つそれぞれについて現状分析を行ってみる。

 まず、一点目の「知識・学力の向上」についてであるが、日本の学生の学力は、現在大幅に低下している。2003年度に経済協力開発機構(OECD)が行った調査によると、日本は読解力が前回の八位から十四位に低下し、また数学的応用力も前回の一位から六位へと低下している。(2004127 夕刊 日本経済新聞)この調査結果を受けて、ゆとり教育を推進してきた文部科学省も「わが国の学力は世界トップレベルとは言えない状況」と認めた。つまり日本の現行の教育システムでは学力がかなり低下してしまっているのである。

 二点目の「道徳観・倫理観を学ぶ」ことについても同様のことが言える。日本の青少年による犯罪は徐々に増加傾向にある。刑法犯少年は平成六年度には131268人であったが、平成15年度には144404人に増加している。また罪種別に見てみると、窃盗犯や占有離脱物横領罪などで検挙された青少年が多い。(平成15年度青少年白書)また近年の少年犯罪で顕著に見受けられるのは、罪の意識の無い犯罪者や重大な犯罪を簡単に犯してしまう犯罪者などであり、またその年代も年々低下している。このような状況下では、人間が本来身に付けておくべき道徳観・倫理観が教育を通して養われているとは言えないであろう。

 最後に三点目の「社会で必要な処世術の獲得」であるが、これを現状分析するのは極めて困難である。しかし、引きこもりや登校拒否、さらには自殺願望の子供が増えている現状を考えると、処世術が獲得できる教育制度であるとは言えない。

 以上のように現行の教育制度の現状では、教育の重大な役割が完全に果たされてはおらず、何らかの改革が必要である。では次に改革すべき要点について、考察を深めていきたいと考える。ここでは橋本先生の大学改革論について触れたい。橋本先生の大学改革論は非常に奇抜で、独創的であると私は思う。特に「他頭制の導入」などの案は、ぜひ大学でも導入して欲しいと思う。しかし私は四つの点について先生の意見に反論したい。

 まず一点目は、橋本先生の案には私が前述した教育制度の二点目と三点目、つまり「道徳観・倫理観を学ぶこと」と「社会で必要な処世術の獲得」という視点が抜け落ちているということである。私は人間が日本社会で生きていくためにはまず、学力の向上よりももっと滅のことを学ぶ必要があるのではないかと思う。そのため、学力向上を図るためのみの大学改革案には賛成しかねる。もちろん、橋本先生の述べられた「多機能教育空間の創造」や「新教養スタンダードの作成」などによって、学力だけではなく、道徳観や倫理観、処世術などを含んだあらゆる幅広い知識を獲得することは可能であろう。しかしそれはあくまでも本人にゆだねられたものである。私は三つの柱が同時に立つ教育制度が必要だと考えるのである。

 次に二点目は、大学から改革するのでは遅すぎるということである。私は教育制度を小学校から改革すべきだと思う。なぜなら近年の階層の固定化によって大学教育は小学校のころの教育に多分に影響を受けるからである。階層によって受ける教育に差が出てしまっている現状では、個人が有する文化資本に差ができてしまう。これを是正するには、小学校から改革しなくてはならないのではないか。

 三点目は、授業料の値上げについてである。先生の案によると、現在の国立大学の授業料が4倍以上の値段に上がることになる。その分成績などによって免除したり奨学金制度を設けたりすることになってはいるが、私は大学生の間は学費のことを考えずに学びたいと願っている。現在の授業料でも自分で払うのは大変であり、精一杯アルバイトなどを頑張ってもぎりぎりの現状である。例え高卒者と大卒者の収入に大変な差があり、一生を通算して考えると一億2000万円の差が開いているとしても、それは当然の結果であり、だからといって大学の授業料を引き上げていいことにはならない。更にこれから国立大学が法人化されると、たいていの国立大学では授業料を引き上げることになるであろう。朝日新聞が行った学長アンケートによると、国立大学の四分の一の24校の学長が「学費は全体として上がる」と回答している。(20030629 朝刊 朝日新聞)よって私は授業料の値上げについては反対である。

 最後に四点目は、選抜システムを段階化することにより、もっと受験戦争が熾烈になる危険性があるということである。狭き門が入学時点に於いて広げられ、更に年齢制限を設けないことで小学生、ひいては幼稚園児の段階からエリート教育を受けさせようとする親が増加するのではないだろうか。また年齢制限を設けないならば、中学生にして東京大学に合格する生徒も出現することになる。学力と道徳観・倫理観は必ずしも同時に養われる者ではない。中学生で大学に合格し、高校生の年齢で医者になることができたとしたならば、医療技術よりも医者が当然身に付けるべき道徳観・倫理観のほうが不足していることに問題があるのではないかと私は危惧する。実際に、アメリカでは優秀であったため飛び級した高校生の年代の生徒が、豊富な薬学の知識によって犯罪を犯した事件があった。

 これまで見てきたように、橋本先生の大学改革案でさえ、私には納得できない点がある。そこで、実際に教育制度をどのように改革すべきかについて、私の意見を述べたいと思う。

私は「知識・学力の向上」「道徳観・倫理観を学ぶこと」「社会で必要な処世術を身につけること」の三本柱で支えられる教育制度を提唱したい。具体的には、次の点を現行の教育制度に導入したい。

 一点目が、「小学校高年次における国内留学」である。これは、例えば都会に住む小学生が田舎や日本の孤島に半年から一年程度交換留学することである。具体的には沖縄の子供は東京や北海道に行き、大阪や京都に住む子供は壱岐対馬に行く、などである。近年は海外留学を希望する人が増加しているが、私は小学生の段階では海外を知る前に国内の意外性について知る必要があるのではないかと思う。自分の住む地域のよさは、出てみないと気づかない。また小学校の社会の授業では、北海道や沖縄、瀬戸内での生活やその気候などについて学ぶが、実際に体験してみなければ分からないことが沢山ある。そこで自分の認識している土地以外で長期間生活するシステムを導入すると良いのではないかと思うのである。またこのことにより、親元や慣れ親しんだ友達と離れて生活する経験をすることで、社会で必要な協調性や、集団での行動が学べるのではないかと思う。

 二点目が、「宗教の授業の導入」である。宗教の授業の導入は、小学校よりも中学校で導入したほうがより良いかも知れない。私は日本人の特異な特徴として、宗教に対する認識が希薄であることが挙げられると思う。日本人の多くが、家に神棚と仏壇を設けているにも関わらず、特定の宗教に帰依しているという概念を持っていない。しかし、現在の日本の道徳観・倫理観は、その殆どが古代の仏教や儒教から来るものであり、決して宗教と無縁ではない。そのことを踏まえて、私はもっと世界の様々な国の宗教について、授業で触れる必要があるのではないかと思うのである。この際注意すべきなのは、特定の宗教を集中的に学ぶのではなく、仏教やキリスト教、イスラム教などの概念を、触りだけでも幅広く学ぶことである。高等学校の世界史や倫理、現代社会の授業でもこれらの宗教については学ぶが、これらは主に受験勉強のための学習であり、人格形成に関わる大きな要素とはなっていない。そこで中学生のうちにこれらの宗教について学ぶことで、間接的に道徳観・倫理観を養い、また視野のうちに世界を入れることが重要である。イラクにおける戦争など、世界情勢についての認識ももっと深まることだろう。

 三点目が「ゆとり教育の廃止、詰め込み教育の再開」である。日本の現在の学力低下現象は、文部科学省が推進してきたゆとり教育に起因するところが大きいことは、いまさら言うまでも無いであろう。そこで、ゆとり教育は小・中・高校すべてに於いて廃止することが大切である。もっと学習時間を増やし、学力の向上を図る必要がある。そして従来の詰め込み教育に戻す必要がある。とはいっても、旧来の詰め込み教育も、常に批判されてきたものであり、決して良い教育制度とは言えない。なぜなら、学力の向上に重点がおかれすぎるからである。私が提唱したい詰め込み教育は、決して昔のそれと同様のものではない。まず、授業時間数を増やし、教科書の内容を充実させる。次に実験やフィールドワークなど、実践的な学習の時間を増やす。総合的な学習の時間をもっと設けることなどが大切である。そして、教師をもっと厳しくチェックするシステムも同時に必要である。現在の教師に不満を持っている保護者や生徒が増えている。文部科学省によると、「授業が成り立たない」「子供や保護者と信頼関係を築けない」などの理由で都道府県や政令指定都市から「指導力不足」と認定された教師は481人であり、対前年度66%も増加している。(20041210 夕刊 日本経済新聞)このような現状から教員免許更新制などを導入する必要があると思われる。また、同様の理由から、大学の教員にも教員採用試験、または教員になるための資格制度を導入すべきである。

 四点目が、「大学生のインターンシップの義務制」である。私は大学四年間の間でぜひ、企業や官公庁のインターンシップを経験してみたいと考えている。そうすることで、就職や自分の将来の方向性がより明確になると思うからである。フリーターや「ニート」と呼ばれる若者が増えている現状では、まだ自分の進路の方向性を見定めることができない、あるいは魅力的な仕事を見つけることができない若者が大勢いると思われる。そこで私は、大学生のインターンシップを義務制にして、一年間どこかの企業や官公庁、または海外で職業体験をするといいのではないかと思うのである。医学部も、従来のインターンシップ制度を復活させるべきである。

 以上の四点について、改革すべき点をあげてみたが、本当はもっと沢山教育制度は改革すべき点があるのであろう。私はこのことについてもっと詳しく調べてみたいと思っている。但し、教育制度を改革するにあたって重要なことは、その教育制度を不動のものにし、安定したシステムにするために、時間と労力と資金を費やす必要があると言うことである。九州大学21世紀プログラム生として、九州大学で学ぶにあたり有利・不利と思われる点が多々ある。九州大学内に於いても、まだ21世紀プログラム生を九大生と認識していない教授も多いからである。そのような問題を起こさないためにも、教育制度は迅速に、かつ決定的に改革する必要があるのである。